コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その99

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前回掲載した静物画を色彩に注目して、もう一度見てみよう。この絵のモチーフが実際に目の前にあったら、他のモチーフの色よりトマトの赤色が視線を引きつけ強い印象を与えるだろう。そういうモチーフの色彩の印象を見えた通りになるように描く、これを前回は提案した。では、見えた通りの印象と異なるように描いたらいい絵にならないかというと、そうとは限らない。上に掲載したのはボナールの作品だ。この絵では、視線が集中しそうな花の色よりもポットの青色が際立って主張するように描かれている。

この絵の実物のモチーフは見れないから想像するしかないが、もし青いポットに花がたっぷり活けられてテーブルに置かれていたなら、真っ先に花の色彩に目を奪われて「きれいな花だなあ」と感じるのではないか。現実にポットの青色がこれほど際立って見えるとは思えない。つまりこの絵の色彩は、実際に見えた通りの印象から離れてしまっているわけだ。そこにはボナールの制作意図が明らかに反映されているし、色彩は見えたままの印象に忠実でなくてもいい絵になる好例でもある。

それでは、先述した私の提案は役に立たないかというとそれも違う。掲載した作品が素晴らしい出来であるのは、ボナールに独自の絵画観があって制作意図がはっきりしているからで、そういうベースを誰でもが持っているわけではなく、持っていないならボナールのように描いてもいい絵になりにくい。だから、静物画を描くときには、見えたままのモチーフ全体の色彩の印象を尊重することを勧めたいと考えている。そこから出発したい。もう少し具体例で説明してみよう。

教室のモチーフに鉢植えのピンクの紫陽花を用意したことがある。水彩画や油絵を描いて長い(10年以上)人は、花のピンク色が印象的になるように葉の色やバックの色やテーブルの色を決めていく。しかし、絵を習い始めて日の浅い(数年)人の中には、花の色よりも葉の緑色が強い印象になっている作品を描く場合がある。作者にはそう見えたのか。バックがピンクに近い色の壁であったわけでなく、逆光でもないから、実際には花のピンク色が美しく印象的に見えているのではないか。つまり、経験不足のため実際に見えた色彩の印象を再現できなかったと想像できる。

静物画で現実にそくして色彩の印象を捉えるには、色彩の強弱を感じ取ろうとすることが大切だ。組まれたモチーフ全体の中で、最も強く視線を引きつけるのはどのモチーフの何色か、次はどれかなどを的確につかむ必要がある。静物画を描くためにモチーフを組む時点から、全体の色彩の強弱を気にかけながら組んでいくと練習になると思う。色彩の印象の話は次回も続けたい。