コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その68

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前回の続き。写実で絵を描くときに、ものの形をどのくらい正確に描けばよいのかが気になるもので、その類のことを教室の生徒からも時々質問される。写実絵画で形をどのようにとらえるかは難しい問題だと思う。前回掲載したダリのパンとカゴの絵のように細部の形まで正確に克明に描写する、これが一つの解である。でも私が勧める「ゆるい写実」を目標にするなら、上に掲載した作品のような形のとらえ方を理想としたい。上の作品をあらためて見てみよう。

この作品では、髪、顔、衣服ともに精密には描写されていない、結構ざっくりと描かれている。それにもかかわらず、何とリアルな人間であることか、豊かで柔らかい髪、若い生命力がもつ目の輝き、微妙な笑みの口元、ふわふわした衣装、見事な写実である。形をざっくりと描いてはいるが、「よく見てないから簡単な形になってしまった」というのとは大違いであるのはもちろんで、鋭い観察眼で髪や顔や目や口や衣装の形の性質や特徴を過不足なく的確につかまえている。それも瞬時に峻別して描いているのだろう、そうでないとここまで生き生きした絵にならない。作者は、アメリカの画家、ジョン・シンガー・サージェントだ。

ジョン・シンガー・サージェントの作品を見るたびに思うが、形のエッセンスを実に見事にとらえていて「やたらに上手いなあ」と感心してしまう、とくに水彩画。さて、写実で描く場合にものの形のとらえ方としては、ダリのパンの絵のように細部の形まで精密に描く写実と、ジョン・シンガー・サージェントの絵のような写実とどちらが難しいだろうか。私の考えでは、どちらも同じくらいに難しい。それなら、ジョン・シンガー・サージェントのような方向の写実を勧めたい。なぜなら、そのような写実を描こうとする方が、自分らしい個性的ないい絵になっていく可能性が高いと考えるからである。