コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その66

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前回の続きで、「ゆるい写実」について書きたい。私の教室では、皆さん写実絵画を描いている。そこで私は、写実的に描くことが上手くなるようなアドバイスをしゃべっているわけだが、私が指針としているのは「ゆるい写実」なのである。「写実」と聞くと、3次元の現実世界を2次元の画面に、あたかも現実と同じ3次元世界がそこにあるかのように物や空間をそっくりに再現する・・・みたいなイメージを抱くだろう。しかし、もう少し自由に個人の好き勝手に形や色や空間をとらえて描く写実画もあるわけで、そういう「ゆるい写実」を生徒には勧めている。

ゆるい写実への取っ掛かりは、まずは物の色をそっくりに描こうと思わないところからで、写実でも色彩はかなり自由に使える。というのも、色の感じ方は個々人で随分異なるからだ。教室の生徒から、例えばモチーフがブドウだとして、「ブドウの色がうまく出せません、実物と同じになりません。どうしたらよいですか?」と質問されることがある。それで私が作品を見たところ、実物とよく似たきれいで美味しそうな色にちゃんとなっている。こうなってくると、何を言っても納得してもらえない。なぜこういうことが起こるかというと、その生徒と私とでは色の感じ方が違うことが根本にあり、さらに、その生徒は色をそっくりに再現する、写真で撮ったのと同じような色合いにしたいと考えているからだろう。そこで、ある物の色を逐一そっくりに写そうとするよりは、画面全体の色調に合わせてそれらしい色になるように描く方が、かえってリアルになるという点だけは気に留めてもらうよう力説する。これがよく分かる具体例が、上に掲載したマネの作品。オレンジ一つだけを凝視してもそれほどリアルなオレンジ色を感じない。しかし、画面全体を見てその中にあるオレンジに目をやると、とてもつややかなオレンジ色をしていて果物らしさがよく出ている。

 ピカソの青に時代の人物画は、肌の色がかなり青みがかっていてもリアルな肌色を感じさせるものがある。画面全体の色調を考慮しているからで、色彩は常に画面の中での相互関係で見え方が決定される。色の感じ方は個人差が大きいし、画面の色調や物と物との色の関係やらで使える色の選択のバリエーションは広がるし、こう考えると色彩はかなり自由な代物なのである。そうして、固有色以外の色彩を自由に使っても写実から大きく逸脱することはないと割り切って描く方が、断然楽しいと思う。