コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その18


何度かふれているように、この連載は趣味で絵を描くことを楽しみたい人から、「いい絵が描けるようになるにはどうすればよいか?」と質問されて、私が答えるだろうことをまとめたものだ。私は長年にわたって絵画教室で教えているので、その経験を踏まえた考えを述べている。
今回は、前回に続いてテクニックについて考えてみたい。前回と重複するところもあるが悪しからず・・・。

趣味で絵画教室に通っている人たちが、いろいろと高度なテクニックをつけていくのはハードルが高い。時間的にそれだけの余裕はないと思う。しかし水彩画を描くなら、「ウォッシュ」や「ウェット・イン・ウェット」などの水彩絵具を上手に使いこなす基本のテクニックは、マスターしておく方がよいだろう。描いていて楽しくなるし絵もスッキリしてくる。
油絵を描く場合でも同じで、油絵具をうまく扱えるテクニックをつけたい。そうでないと色が濁ってしまったり、貧相なマティエールの画面になったりするだろう。油絵具はたいへん面倒な画材で、自由に使いこなせるようになるには時間がかかるし、結構苦労するかもしれない。
このような各々の画材の特徴をいかして使いこなし、表現できるテクニックは大切だと思う。

ところで、ふつうテクニックがあるというと、画材を扱う技術が優れていることをいうのではなく、描写テクニックが優れていることを意味することが多い。
例えば人物画なら、「顔が本人にそっくりだ」、「透き通るような肌の色がよく表せている」、「髪の毛の一本一本が見えるようだ」、「着物の柄がとても精緻に描かれている」、「服地のやわらかさ、シワの感じが見事だ」など、真に迫ったリアルな表現に接して「凄いテクニックだ!」と感嘆するのだと思う。
本物らしくリアルに表すためのテクニックは、練習すればするほど磨きがかかるけれども、相応の時間と練習量が必要なのはいうまでもないから、趣味で時々絵を描く人にとってはかなり難しい。それらの人誰もが、こういうテクニックをつけることは大事なことだと思い込んでしまうと、描くことが楽しみではなくて重荷になりかねない。だから、特にリアルな表現を手に入れたいという意欲の強い人だけが、そういうテクニックの習得に取り組めばよいのではないだろうか。

さて、リアルな表現で知られたアンドリュー・ワイエスが興味深いことを話している。インタビューでこう答えているのだ。
「人びとが私の洗練されたテクニックについて語るたびに、私は驚いてしまいます。確かに私は事物をかなりの程度まで伝えはする。だが私は、私などよりもっと精密にもっと克明に描くテクニックを持っている画家を10人は知っています。しかし、あなた方が見ているのはテクニックがすべてではないということに注目しなければならない。かつて、イーキンズ夫人が彼のスタジオに入ってきて『まあ、トム、その手はほんとうに見事に描けてるわ。今までで最高よ』と言ったが、イーキンズはすぐさまパレット・ナイフを手にすると、その部分をカンバスからけずり取ってしまった。『僕が求めているのそういうことじゃない。僕は君に手を感じてほしかったんだ』ーそう彼は言った。」
(1974年、アンドリュー・ワイエス展のカタログから引用)

イーキンズが、素晴らしいテクニックで手をリアルに表現していたから夫人は賞賛したのだが、彼が追求していたものはそういう本物らしさではなかったということ。つまり、リアルな表現を可能にするテクニックだけでは足りなくて、何か違うテクニックが必要だったのか、それとも、そもそもテクニックとはまったく別次元の話なのか、考えてみると興味が尽きない。
掲載したのは、イーキンズ(エイキンズ)の作品。