コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その122

 

今回も、趣味で絵を描いている人の中で印象派の絵画がことのほか好きで、それが油絵や水彩画を始めたキッカケであるなら印象派風の絵を描きましょうという話を続ける。

前回、風景画を印象派風に描くときには、景色を見た瞬間に視線が引きつけられた箇所を画面の要にするとよいと述べたら、それは「見せ場」をつくることだから古典絵画などでも同じではないかと質問をされた。たしかに、どのような絵を描くにしろ、画面に鑑賞者の視線を引きつける「見せ場」を設けるのは作画の常套手段である。上に掲載したレンブラントの代表作のひとつ「ダナエ」(作品の主題等についてはウィキペディアに詳しい)を見てみよう。裸婦(ダナエ)にだけ強い光が降り注ぐようにして鑑賞者の視線をそこへ向けさせ、見せ場としている。現実的でない光によって演出して、ドラマチックな絵画となるように創意工夫しているわけだ。ところが、前回掲載した水彩画で四角い大岩が見せ場になっているのは、実際に景色を見た瞬間の印象を忠実に表しただけの話で、熟慮した演出ではない。見えたままを自然に表現したいという気持ちが強いわけだから、「見せ場」を設定する際の動機が上の絵のような古典絵画などと違うのである。

さて、印象派風の絵を描くためには色彩をどう捉えたらよいかの話をしたい。印象派の画家たちは、見えたままの印象を表現したかった。見えたままとは、視覚的に純粋である姿といえる。その点で特に、色彩においては従来の捉え方は真実でないと不満を持っていた。だから彼らは、太陽の光の下で色彩がどのように見えるのかという命題を一からやり直してみたのである。結果として、色彩が豊かに、画面は明るく、陰影は紫っぽい色になった。よく見ると、ものの色彩は固定していない。太陽の光の下で千変万化する。印象派の画家たちは、そういう色彩のバリエーションを表現することを重視したわけだ。

ところで野外で樹木を描くとき、木の幹は何色に見えるだろうか。風景画を描きに出掛けて、木の幹は褐色だと思っていたら、そんな木は1本もなかったという経験をしたことはないだろうか。風景を印象派風に描くとき、新鮮な眼で色彩を見る必要がある。そうでないと、目前の景色の色彩の印象を画面に実現することはできない。では、新鮮な眼とは、景色の色彩の印象とは何か。この話の続きは次回に述べたい。