コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その115

 

今回は、あらためてデッサンを習うことについて考えてみる。これから絵を習おうと思っている人や習い始めて日の浅い人への参考になる話をしたい。

「今まで絵を習ったことはありませんが、絵を見るのが好きなので自分でも描いてみたいです。最初はデッサンから始めるのがよいですか?」と教室見学に来られた方からしばしば質問される。そんなときの私の返答は、たいてい歯切れの悪い言い方になりがちだ。「デッサンから習い始めるのがよいか」と聞かれればイエスと答えるのが正しいけれども、声を大にしてイエス!とは言いにくいのである。なぜなら、練習成果がどのくらいあるかを考えてしまうからだ。具体的に説明しよう。

デッサンの練習をするのに週に1回の頻度で教室に通っても、その日以外はまったく描かないとしたら、1年間続けたところで思いの外に上達しない。コツコツ気長に練習すれば必ず上手くなるはずと考えていたのに・・・と落胆するかも知れない。さてここで問題になるのは「コツコツ気長に」で、単に枚数を重ねれば上達する訳ではなく、「どのくらいの期間で何枚描いたか」がものを言う。週に1回の練習ではなく週に3回を半年間続ければ、はっきり目に見える進歩を期待できる。とくに教室に通わなくても、自宅で練習してもよいのだ。デッサンの練習において、「ほんの少しずつでも気長に枚数をこなせば上達する」は、ほとんどの人にとっては勘違いと言ってよいくらいだ。「定められた期間に一定の練習量をこなせば上達する」と考えると間違いない。

それでは、週に1回のデッサンの練習はまったく無意味かというと、そうでもない。上達はそれほど望めなくても、デッサンの練習はどのような目的があるのかを体験を通して理解できる。では、そもそもデッサンの練習の目的は何だろうか。誰でもが真っ先に思い付くのは、対象物の形を正確に写せるようになることじゃないか、そして立体感を出せることだ、こう考えるだろう。たしかにこの2つはデッサンの練習で重視すべきだ。そして形を正しく描く練習は、すればするほど誰でも上達するし、人間の眼はカメラではないのである程度の正確さでよいと考えるならば、達成するのは比較的容易だ。「立体感を出せる」についてはどうだろうか。これは練習次第で誰でもが同程度に上達するとは少々言いにくい。個人差が大きいのである。立体感を出せるようになるのに大変苦労する人も多くいて、そうやすやすと達成できない事情がある。この事情は次回に述べる。

ところで、上に掲載したのはセザンヌが20代半ばに描いた人体デッサン(アーティゾン美術館所蔵)だ。よく指摘されているようだが、かなり下手である。美大受験を目指している現在の受験生の方が上手い。向かって左の足はとくに酷い。この後にセザンヌは一生懸命に練習してちゃんと人体デッサンを描けるようになったかというと、そうではない。さて、それでもセザンヌが近代の最も偉大な画家で素晴らしい傑作を数多く残し、なおかつデッサンの大家であり、水彩画の名手でもあるという事実は、まったく疑問の余地がない。結局のところ、デッサンの本来の意味を考えなければセザンヌは語れない。この話はいずれ詳しく書きたいと思う。