コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その87

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上に掲載したのは、イギリスの首相だったウインストン・チャーチルの作品。チャーチルの趣味は、風景の油絵を描くことだった。この作品の題名は「クトゥービーヤ・モスクの塔」で、モロッコマラケシュの風景という。1943年に描き始め完成後に当時のアメリカ大統領ルーズベルトに贈られた。今年の3月の海外ニュースによると、女優のアンジェリーナ・ジョリーの所有であったこの作品が競売に掛けられ、予想価格を大きく上回る約12億3000万円で落札されたとのこと、歴史的な価値があるとはいえ大変なものだ。

チャーチルは風景画しか描かなかったそうで、あるときマーガレット王女になぜ風景画しか描かないのかと尋ねられ、「風景ならモデルに似せる必要がないからです」と答えたそうだ。またピカソは、「チャーチルは画家を職業にしても十分食っていけた」と話していたそうで、たしかに今ネットでチャーチルの作品をいろいろ見てみるとかなりの腕前だったのが分かる。さて、チャーチルピカソも評価するほどのいい絵を描いていたわけだが、言い換えるとそこいらのプロよりもいい絵を描けた人物であって、チャーチルのような著名人でなくとも、そういうアマチュアは世間に少なからず存在してきたと想像される。

チャーチルが独学で絵を描き始めたのは40歳前後で、生涯に500点を超える作品を残している。チャーチルは90歳まで生きているから、単純計算すると、10年で100点、1年で10点くらいの作品を制作したことになる。油絵を趣味で描いている人の平均的な制作ペースと同じくらいに思うがどうだろう。チャーチルには当然のことながら多忙な本職があるわけで、絵のことばかりにかまけていられない。それなのに何故いい絵をたくさん残せたのか。特別な才能があったからだ、という理由ではないだろう。

 それでは、どのような理由が考えられるのか、一つはテーマを好きな風景画に絞ったことが功を奏したのだろう。あれこれ手を出すよりも好きなモチーフを選びテーマを決めて追求する方が、趣味で描く人には作品の質を高めることができる。さらに大きな理由は、写実性を保ちつつリアルな描写を重要視しなかったからだ。リアルな描写を実現するための完璧な技術を身につけようとはしていないからだ。それは、チャーチルが「風景ならモデルに似せる必要がないからです」と語っていることからもうかがわれる。これがプロを目指している画学生や類する人なら、やはり描写をする技術をなおざりにはできないと考えて練習に励むのが当然で、実際のところ、写実的な描写力が低いと美術を教える立場になった時に困るから自らプロとは言いにくい。

まだまだ話が長くなりそうなので、続きは次回に。