コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その88

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前回はイギリスの元首相ウインストン・チャーチルの作品を取り上げたけれども、チャーチルのように趣味で長く描き続けると、場合によってはプロの画家よりも優れた作品を残せる。趣味でコツコツ描き続けることには大きな利点があるからだ。それは、初心者の頃から描きたいように自由に描く姿勢で制作に集中できることである。これがプロを目指している画学生だったりすると、最初は、「石膏デッサンを100枚するべし」というような訓練をこなしていくのが一般的。実際のところ、私が美大を志望して東京の美術研究所に通っていた時代は、合格には最低でも石膏デッサンを100枚描けと言われていたものだったし、美大に入学後も石膏デッサンを課せられた。かれこれ40年も昔の話である。

現在では以前に比べて石膏デッサンを重視していないようだが(私は賛成)、写実的な描写表現が巧みにできる技術をデッサンの練習を積み重ねて習得することが、画家や彫刻家を目指す画学生に 必要であるとされているのは同様だ。だから、画学生の段階では好きなようにデッサンを描いてはいけない。ヌードデッサンをマチスのように描くのはちょっとまずい。ところで趣味で描いている人の多くは、この過程をほぼ飛ばしているだろう。あるいは多少の経験で終了して早い段階で、自覚があるかどうかは別にして自由に描いていくのではないか。

絵画教室に通っていると、先生が「こう描けばよいですよ」とアドバイスをするけれども、それは提案みたいなものだから、生徒の側の反応はアドバイスを受け入れるか、止しとくか、参考程度にとどめるか人によって様々だが、結局のところ早々に自由に描く制作になっている場合が多いようだ。私はこのことは大変素晴らしいと考えていて、絵の方向性さえ誤らなければ、チャーチルのように優れた作品をたくさん描けると思う。

話は戻るが、それでは前述した画学生のデッサンの訓練は何の役に立つのか。例として挙げるなら、以下の動画のような古典的な描き方で人物画を制作するためには、必要不可欠な技術といえる。

https://www.youtube.com/watch?v=NK4Uo5QvH6M

このような描き方のチュートリアルを書籍やビデオで時折見かけるが、そして同じように描けば上手くいくような話になっているけれども、これにはずるいところがあって、先述したデッサンの訓練を十分積んでいないと手本と似て非なるものしか描けない。そうすると、だんだん不毛な努力をしている気になり、絵を描くこと自体が嫌になってしまうかも知れない。だから、そのような場合は、「描けるようになる」ことを目的とせずに、こうやって昔の画家は人物を描いていたと「分かる」ための練習だと考えて取り組むと大いに意味のあるものになると思う。ついでに付け加えるなら、私を含めたいていの人は、たかが石膏デッサンを100枚したくらいでは、昔の画家と同じように人物が描けるほどに写実的な描写表現が上達するわけではない。

さらについでに付け加えると、油彩で写実的な描写表現の人物画を描くなら、以下の動画のような描き方を推奨したい。

https://www.youtube.com/watch?v=qMv_nOHO_9g

上に掲載したのは、バロックの巨匠、アンソニー・ヴァン・ダイク(1599-1641年)のチャールズ1世の肖像画。「趣味で描いている人は早い段階で自由に描くようになる」について、いろいろ疑問を覚える人も多いだろう。自由という自覚がない場合もある。次回に続きの話を書くことにする。