コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その23


前回の続きを書こう。
趣味で油絵や水彩画を5,6年も描き続けていると、作品がマンネリになってきて伸び悩みを感じてくることがある。そういうときにどうすればよいかを具体的に提案してみたい。
しかし、まず初めに言いたいことがあって、それは、なかなか上手くならないなあと伸び悩みを感じているときに、今までの練習に費やした時間とエネルギーを考えたら、このくらいは上達しているはずだというイメージを持っていて、それとかけ離れているのは「私に絵を描く才能がないからだ」とは思い込まないことで、なぜならまったくのカン違いだからである。たとえ話を持ち出すなら、デパートの売り場で材質が良くてデザインも気に入ったペンケースがあったとして、3千円くらいかなと思って値札を見たら1万円だったのでびっくりした・・・・これと同じようなことで、絵の上達にはその人が思っているよりも何倍もの時間とエネルギーが必要であるに過ぎない。
私の教室に何年も在籍している生徒の中にも「ちっとも上手くならないんです」と悩みを訴えるケースがあり、何とか励まそうとこちらも悩むのだけれども、本当に絵はゆっくりとしか上達しないものであることを力説するしかない。納得してもらっているかはかなり疑問なのだが・・・。

さて、伸び悩みを感じて来た場合には、やはり絵画の基本をもっとしっかり学ぼうと考える人が多いのではないだろうか。絵画の基本というとすぐにデッサンの練習をイメージしてしまうが、ここでは別の練習を2,3提案してみたい。
まずはいろんな画家の画集をよく見ること。
画集をじっくりと見ることはとても勉強になる。画集の図版は、実物の作品と色も大きさもマチエールも異なるのだが、時間をかけて見ることを何回も繰り返すと多くの発見があって得るものは大きい。作品の実物に直に接しているわけでないから、画面からオーラが出ているなどの説明のできない要素は排除されるので、画集を見て感動する絵があったなら、その絵が心に響く仕組みを純粋に研究することができる。具体例を示してみることにする。

前回取り上げた安井曾太郎の有名な作品に、上に掲載した「婦人像」(京都国立近代美術館蔵)がある。女性の生き生きした姿が素晴らしく表現されていて、私はとても感心する。
この絵の図版を見てみる。婦人の顔のすぐ右側に、室内のコーナーを表す黒い縦の帯がくっきりと描かれていて、どうも気になる。パッと見は邪魔な形のように見える。試しにこの黒い帯を紙で隠してから画面全体をよく見てみよう。すると何だか先ほどよりも不安定な感じを受ける。今度は紙を取って黒い帯のある状態の絵をあらためてじっくりと見てみると、絵が安定する感じがするから不思議だ。つまりこの縦の黒い帯の形は、とても重要な作用を画面全体に及ぼしている。
画集を見てこういう例をたくさん目にすると、画面に安定感を与えるにはどうすればよいかがだんだんと分かってくるので、それを意識しながら作品に取り組んでいくと今までとはちょっと違った出来上がりになると思う。
そして、これはほんの一例であって、「婦人像」には他にもいろんな仕掛けがあるわけで、そのような名作に隠されたいい絵になる秘密を画集によって研究していくことで、画面の安定感のことに限らず、マンネリ感のあった自作にさまざまな面で新しい展開が期待できるだろう。

続きはまた次回に。