コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その92

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前回の続きで、アンリ・ルソーについてもう少し考えてみたい。好き嫌いは別にして、趣味で絵を描いている人にとってルソーの作品は多くのヒントを与えてくれると思う。

ルソーの作品中、花をモチーフにしたものは12点知られているらしい、上の作品を見てみよう。他の花の作品同様、シンプルで大変美しい。しかし、画像を拡大して見るとよく分かるが、敷物の植物の柄が変な具合である。植物が敷物から立ち上がって見え、実際に生えているようなのだ。布の柄とは見えない。

もし、教室の生徒がこのように描いていたら、「布の柄らしく水平面に寝ているように描きましょう」と私はアドバイスするだろう。では、ルソーは間違っているのか、それとも私が間違っているのか。正解は「どちらも正しい」と言うしかない。絵画の表現に関する問題は、「Aが正しいならBは誤りである」とはならない。それなら、なぜ私は「布の柄らしく水平面に寝ているように描く」ことを推奨するかといえば、その方が絵の作り方としては易しいからで、ルソーのように変な具合に描いて「うまくいった絵」にするのは相当難しい。ルソーはなぜ「うまくいった絵」にすることができたのか、それは彼が独自の絵画観を明確に持っていたからだと思う。

ルソーの作品からは、アカデミックな学習の経験が感じられない。そのためかどうか、マティスの弟子によると、マティスはルソーについては冷たく口をつぐんで黙殺していたという。ところで、私はタッシェンのルソーの画集を見ながらこれを書いているが、それによればピカソには次の言葉があるという。「ルソーは偶然の事例などというものではない。彼はあるきわめて明確な、確固たる思考体系を完璧に体現している」と語っていて、ルソーの素朴さが専門的な技術の欠落によるものではないと考えていた。ピカソはルソーを讃えて1908年11月に伝説的な宴会を催している。興味深いことに、この宴会中にルソーはピカソにこう語ったという。「私たち2人は、現代で最も偉大な画家ですね。あなたはエジプト・スタイルで、私は現代スタイルで」。

ルソーがいい絵を描けたのは、彼が天才だったからではなくて、自分なりの絵に対する考え(絵画理論ではない)を確固として保ちつつ自信を持って制作を推し進めたからで、この点において、趣味で絵を描いている人にルソーは最良の手本となるだろう。遠近法とか明暗法とか色彩の扱い方とかいろいろと学習するけれども、その過程で出来上がった絵の見方は本当に自分の望んでいる絵と一致すると言えるかどうか、ルソーの画集をゆっくり見てつらつら考えてみると、もしかしたら明日からの制作が違ってくるかも知れない。