コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その61

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前回の続き。たとえ話をしよう。山道を歩いていたら大木の樹根に目がとまり、大変興味を惹かれて絵に描いてみようと思った。そこで写真を撮りスケッチをして自宅に戻ってから、それらをもとにして水彩画または油絵を描き始めたとする。これで難なく描き進んでいい絵が出来上がるかというと、私の経験から予想するなら途中で挫折するのではないか。なぜか。どんどん描き進めることができないからだ。まず困るのが色彩。写真に写った樹根の色は茶色っぽい、グレーっぽい地味な色でちっとも美しい感じがしない。何らかの工夫が必要だろう。また、写真を見て樹根の形を正確に描き写しても説明図みたいで著しく面白味に欠ける。これも工夫をしないといけない。背景を描くときにも問題が生じる。写真には他の樹々や下草などが写っているが、それらを全部描いてしまうとごちゃごちゃしてしまう。やはり工夫か必要だ。工夫が必要なことばかりなのに、写真とスケッチをもとにして拙速に描き始めてもうまくいく可能性は低いだろう。

花ならそのまま、あるがままを無心に描き進めて美しい作品に仕上げることは、技術的な難易度は別として、かなりスムーズに事を運べる類の制作といってよい。しかし樹根を描こうとするなら、画面づくりに様々な工夫を行わないといい絵にならないわけで、それらの工夫は制作意図が明確でないと見えてこないものである。上に掲載したのは東山魁夷の樹根をモチーフとした作品。このような絵を描くためには、制作意図とそれを実現する工夫を見出すためのエスキースが必須になるだろう。

エスキースというのは、本画に取り掛かる前に画面全体の構想をまとめるための下絵、下図のことで、どのような工夫をしていけばよいかを考えるわけだ。ある画家は、「エスキースをしない画家は信用できない」と言っていて、描く対象によってはそうは言い切れないと私は思うが、樹根などの難しいモチーフに取り組む場合ならエスキース無しは考えられない。とはいうものの、いちいちエスキースを描くのは面倒でできないし、対象を見て感じたストレートな感情が削がれるではないかという意見が聞こえてきそうなので、さらに話を続けたいと思う、次回にしよう。