コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

ゴッホの手紙、14


ゴッホが1888年の2月末にアルルに来て、2ヶ月あまりたった5月4日付けのテオへの手紙(第481信)には、日常のことやこれからの計画が細々と書かれていて、これからの生活を大いに楽しみにしている様子である。以下・・・・

「きのう家具屋を何軒か廻ってみて寝台を借りらるかどうか聞いてみた。まずいことに貸さないんだ、月賦払いで買う方法も断られた。困ったことになった。
それでいま思いついたのだが、コニングは来るときサロンへ寄ってくるのだろう。それにそれが彼の計画なんだ、だから、彼が出発したらいま使っている寝台を送ってくれないか。もし僕が画室に寝泊りするなら、ホテルへ払うよりも一年間に300フランも節約できる。そんなに長く僕がここに居るかどうかいまからわかるはずもないが、おそらく落着くことになりそうなわけがある。
きのうフォントヴィエイユのマック・ナイトのうちを訪ねた。淡紅色の樹_を描いたいいパステルと、始めたばかりの水彩画が二枚あった。ちょうど木炭で老婆の顔を素描しているところだった。彼は新しい色彩論に悩まされている。そのやりかたで成功するにはまだ新しいパレットを使いこなせず、古い手法が祟って手も足も出なくなっている。自分の作品を僕に見せるのをとてもいやがっていた、だからなお、こっちは出掛けていってどうしてもみたいんだといってやった。
それでしばらく僕と一緒に居るようになるかもしれない。そうなれば双方にとって得だろう。
当地へ来てルノアールの澄んでハッキリした素描をよく頭に浮かべる。ここの明るい風物はすっかりあの通りなのだ。
風とミストラル(南仏の季節的突風)がすごい、いまのところ四日のうち三日間は、いつも陽が照ってはいても、戸外で仕事するのはむずかしい。
ここで何か肖像が出来そうな気がする。土地の人は一般に美術に関してひどく無知だが、北欧人よりはもっと芸術的な特徴のある顔や独自の生活をもっている。僕はゴヤやヴェラスケスが描いたのとそっくりな美しい顔を見た。女たちは黒い衣装のなかにとき色の調子を置くことを心得ている。あるいは出来合い服の白や黄やうす紅、または緑と紅、また青と黄と、いずれも芸術的な価値の点では同じものだ。スーラだったらきっと男の顔に興味をもつだろう、その服装がいま出来のものでも。
この土地の人たちが今に肖像画に熱中してくるような気がする、でもそんな冒険をおかすまえに、神経を安めておきたいし、画室へ人を通せるような設備をもちたいと思っている。それからもし僕の大体の計画をいうなら、からだを丈夫にしてこの土地によく馴れるには一年はかかるし、そして落着けるようにするために1000フランは要る。もし最初の年に_今年_生活費を月に100フランと、この家のために100フラン使ったら、絵を描く金が一文もなくなってしまう訳だ。
でも今年の終りには儲けて、住いも健康も少しはましになるようにしたい。その間、僕の日課は毎日素描することと、そのうえ月に二三枚油絵を描くことだ。今度の家のなかでは、敷布や衣服や靴も全部新しいのと取替えたい。
一年後の僕は見違えるような男になるだろう。
わが家を持ち、落着きと健康とをとり戻したい。(後略)」

掲載したのは、ゴッホの1888年の作品。