コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

ゴッホの手紙、9


ゴッホに「花盛りの樹(モーヴの思い出)」という満開の桃の樹を描いた作品がある(上に掲載)。これは、1888年4月に描かれたものだが、この作品については、テオへの手紙の第472信で語られている。以下に引用する。


「耕されたライラック色の地面と、蘆の囲いに、派手な空の青と白に対して二本の紅い桃の樹がある果樹園の20号を戸外で仕上げた。今まで描いた風景の中ではおそらく一番いい出来だろう。
それを家へもち帰ったとき、妹からモーヴの追憶に捧げたオランダ語の手記が届いた。一緒に肖像もはいっていて(それはなかなかよく出来ている)、文章はまずくて無意味だが、腐食銅版は綺麗だ。そのうちの一枚がどうした訳か僕を捉えてその感動で首をしめつけられる思いだった、それで自分の絵に次のように署名した、

モーヴの追憶  ヴィンセントとテオ

だから君さえよければ、そのままそれを二人でモーヴ夫人へ送ろう。殊にここで出来た一番上出来な習作を選んだ。国の人たちがそれをどう思うかはわからない、だがそんなことはどっちだっていい。きびしい調子のものよりも何か優しい非常に愉快なものの方がモーヴの想い出には適当なような気がしたのだ。

『死人を死んだと思うまい
 生ける命のあるかぎり
 死人は生き、死人は生きてゆくんだ』

僕はこんな風に感じている、これより悲しくは考えていない。」


モーヴはゴッホの義理の従兄弟で、ゴッホは一時期、彼から絵画の指導を受けていた。その後モーヴとは疎遠になっていたが、彼の死を知らされて思うところがあったようだ。ところで、作品にはヴィンセントとしか署名されていないが、なぜだろう?