コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その153

 

「遠近感は、3次元にならなくてもよい」と前回の文末に述べた。これは、画面に奥行きを与えて3次元の世界として表すと自ずと遠近感は出るのだが、そうする必要はないという意味である。だからといって、遠近感に無関心でよいことを意味してはいない。前回掲載したプレンダーガストの作品のような、平面的であるが遠近感を表せている状態の画面を尊重したい。印象派のような絵を目指すなら、重視するべき点だと考える。今回は、平面的でありながら遠近感を表すことについての話。

風景画を描くときには遠近感に拘りたくなるし、それが上手に表現できたら上手くいったと思うだろう。逆に、上に掲載したマッケの水彩画のように、平面的になってしまったら失敗したと考える人が多いだろう。平面的な絵よりも奥行きのある絵が上手な絵と感じる、こういう感受性は多くの人にあると思う。しかし、考えてみればおかしな感じ方ではないだろうか。なぜなら、西洋絵画が本格的に入ってきた明治時代より前の日本絵画は、例外はあるにしろ、基本的には3次元の空間表現をしない2次元表現の、つまり平面的な絵である。江戸時代に平賀源内が、鏡餅を上から見て描いてみろと画家たちに言って、描かれた餅を見て、餅か満月か分からないと指摘し、彼が陰影を施して餅に見えるように描いて西洋画を説明したというエピソードがある。このように、平面的に描くことに何の疑問も持たなかった日本人が、いつの間にか西洋絵画の3次元的に描く方法を本筋みたいに感じているのは不思議なことである。感受性が変化したのだから、大きな理由があるだろうが、今回はこれ以上踏み込まないが、いずれこのテーマについて考えてみたいと思う。

さて、遠近感に無関心でよいわけではないというなら、3次元的な表現とは別種の、つまり奥行きのない2次元的な画面にするが、ものの遠近を見る人が分かるようにすることになる。どのような方法があるだろうか。例えば、前回のプレンダーガストの作品のように、遠くのものを近くのものより小さく描くと遠近を暗示することができる。また、物体と物体を重ねるという方法もある。2つの物体を重ねると、重ねられた側のものは後ろ(遠く)に位置することになる。色の性質を使って遠近を感じさせる方法もある。例えばオレンジ色のような前に出てくる色(進出色)を前方のものに配して、後ろに下がる色(後退色)である青色などを後方のものに使うわけだ。3次元的な遠近感表現に必須の空気遠近法や線遠近法(パース)の他にも種々の遠近法があって、それらを考慮しながら工夫して描くならば、平面的な絵だけれど遠近感が分かる、「実感するというより分かる」という点がポイントなのだが、そういう遠近感の表現が可能になるのである。

元来、中国や日本に存在する平面的な遠近感表現の代表には、「三遠法」と呼ばれているものがある。中国の北宋時代に理論化された山水画に由来する空間表現で、狩野派のの基礎となった技法である。「高遠」「深遠」「平遠」という3種の描法がある。詳しくは述べないが、とても興味深いから実際の作品を見て参考にするのもよし、部分的に模倣してみたりするのもよし、人によっては制作の幅が広がる契機になるかも知れないと考えている。