コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その112

 

前回は岡鹿之助のエピソードを紹介した。かなり昔のエピソードだが、今に通じるところがあると思う。今回は、これもかなり昔のことだが、私の画学生時代の話から書き始めてみよう。

教授の一人に、痩身でダンディな老画家がいた。ある時、我々学生のアトリエに来て次のような話をした。展覧会に行ってゴーギャンの絵を見たが、色彩の強さに感心した。どうやっているのだろうと思って仔細に画面を観察したところ、ドンゴロスのような荒い麻布に絵具をたっぷりと塗り込めている。キャンバスに絵具が強固に食いついている感じで、それで色彩が強くなっているのだ。先生の話はこのようなもので、ゴーギャンの色の強さの秘密に今回初めて気が付いたような言い方だったが、もちろんそんなはずはなく、ぼんやりの我々学生に印象強くなるようにとのことだろうし、「君たちの絵は、まだまだ絵具が使えていない油絵だ」との含意があったに違いない。

(油絵の初心者に参考になりそうな話をしていくつもりなのだが、どうしてもアチラコチラ横道にそれてしまうが、うまく整理するのは諦めてこのまま続けたい。)

ついでに、さらにどうでもよい話をする。私が画学生の頃、美大の油絵科の入試には油絵を描く実技試験が必ずあり、それで受験生は油絵を短時間で描く練習をする。試験時間が6時間から18時間(大学により異なる)なので、いかに油絵をその時間で一気に完成させるかという練習を積むわけだ。短時間でどれだけ完成度を上げるか、描き込んだ感じにするかを工夫することになる。描き方だけでなく、速乾性のメディウム等の画材やいろんな画面効果の出し方を研究する。ウソか本当か不明だが、東京芸大の入試会場で、特殊な画面効果をねらった受験生がキャンバスの表面をライターで炙っていたところ、キャンバスに火がついてしまった。即刻その受験生は退場になった、というウワサも受験生の間にはあった。

ともあれ、油絵を短時間でそれなりに完成させる技に長けた学生が美大に集まる。それで美大に入学してから出される課題は、一つの作品を何週間もかけて完成させるのである。短時間で描く油絵ばかりを練習してきた学生は、はたと困惑する。どう描けばよいのだろうか・・・。ということで、1から本来の油絵を学び直すわけである。

前々回に、油絵の制作課程を、描き始め、中描き、仕上げの3段階に分けるなら、中描きの段階で厚塗りをしようと提案した。では、中描きでの厚塗りはどの程度で切り上げればよいのだろう?いつまでも厚塗りをしていたら下の絵具を何回も塗り替えるだけではないのか?その通りで、厚塗りを終えるタイミングをつかむ。それは、ざっくりと捉える気持ちで描いて、個々の物や全体感がある程度表現できた段階で厚塗りは控える。そして、次の描き込み・仕上げの段階に進む。このときは絵具を溶き油でゆるくして、下の色彩が影響するように描いていくのがよい。それでも描き直したいところが出てくるから、その箇所はまた厚塗りをすることになる。

この続きはまた次回に。上に掲載したのは、大原美術館所蔵、ゴーギャンの「かぐわしき大地」(1892年)。この作品を実際に見たとき、私は色彩の魅力に圧倒された。