コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その111

 

 

前回に油絵の初心者は、とりあえず厚塗りを試してみてはどうかと提案した。その理由をさらに説明したい。

油絵は水彩画と違って絵肌(マティエール)を様々に工夫でき、そしてこれが重要なのである。艷やかで筆跡のない平滑な画面、ぶ厚い絵具のタッチの跡を残す画面、キャンバスの布目がはっきり分かるくらいの薄塗りの画面、レリーフのようなデコボコの甚だしい画面など、いろいろな絵の表面をつくることが可能だ。

ところで、岡鹿之助(1898ー1978年)という画家がいた。点描画法の作品で知られている。岡氏がフランスに渡って、作品がサロン・ドートンヌに入選したときのエピソードを書き残している(1954年出版の「油絵のマティエール」)。いかに自分の作品が油絵らしくなかったかという話。それを引用する。

「秋がきて、藤田嗣治氏のすすめでサロン・ドートンヌへ絵を持っていった。幸に入選はしたものの、展覧会場で、今日もなお忘れることの出来ない不快極まる目に逢おうとは夢想もしていなかった。不快というのは自分の絵のみすぼらしさだった。みすぼらしさと言っても、必しも拙劣さを意味しない。フランス人の絵の中に自分の絵をおいて見て、はじめて自分の絵には、絵具がものを言っていない事が分かったのである。私の絵の右隣も左隣の絵も、いずれもたいしたものではないのだけれど、絵具はカチッとキャンバスについて、色には張りもあり、冴えている。だが、私の画面は、指でふれれば、ボロボロとくずれ落ちそうだ。その哀れなみすぼらしさといったらない。私は芸術以前の単に材料の物質的な取扱いさえも知らない点を思い知らされて、一体、これから自分はどうしたらいいのだろうと茫然としたものである。」

このエピソードから油絵具の取り扱いの難しさが分かるが、同時にマティエールの問題でもあるわけで、絵具が堅固に密着している画面になるように描く必要がある。そうでないと、油絵らしくならない。現在は画学生の頃から油絵の材料や技術について関心を持っている人が多く、一般の人でもそれらの情報を容易に手に入れることができる。それでも岡氏のように、自分の絵が、展覧会で見るモネやルノワールなどに比べて、どこか貧相で油絵らしくないと感じている人は結構たくさんいる気がする。

さて、油絵を始めたばかりの人へ厚塗りを勧めるのは、油絵らしくするのが容易ではないからである。端緒として、中描きの段階で固い絵具をぶ厚く塗ることから試してみると、油絵らしい油絵を描く練習のキッカケになると思う。もちろん、油絵具やオイルの性質や使い方をある程度は知る必要もあるけれども。

話がアチラコチラと飛んでとりとめなくなってきたが、次回も続きを書く予定。上に掲載したのは、鴨居玲(1928-1985年)の作品。鴨居玲の絵は、とても油絵らしいマティエールで素晴らしい。