コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その109

 

前回まで続けた「ものの際(きわ)」の話は一区切りとし、今回からは油絵初心者が参考にできそうなアドバイスを述べていきたい。ところで先日、たまたま含蓄のある英文を目にした。書き写してみよう。

There are no mistakes in oil painting, just happy accidents.

油絵には失敗なんてない、あるのは幸運な偶然だけだから。

文中の油絵を水彩画やアクリル画に言い換えても十分に通用するのだが、やはり油絵にこそ最も当てはまる。油絵を習い始めた人は、この文章を忘れないようにすると精神衛生上とてもよいだろう、その理由はこれから書いていくが・・・。

油絵は油絵具を使って描くけれども、油絵具はとても扱いにくく厄介な画材だと初心者は実感するのではないか。描いている途中は全然乾かないので、画面上で絵具が混ざり合ってグチャグチャになる。ネトネトしていて思うように筆を運べないから、細かいところを描くのに苦労する。泥のような重たさがあるから広く塗るのも大変だ。油絵を始めたばかりの人は、往々にして絵具が乾く前にどんどん描き加えてしまうので、いろんな色が混ざり形も崩れ画面が泥沼状態になり、汚くなった!失敗だ!と落胆してしまう経験をすることがあるだろう。

しかしこの段階で失敗と結論するのは早計で、いったん絵具を乾燥させてみよう。あるいはホイッスラーが好んでそうしたように、ペインティングナイフでごっそり絵具を削り取ってから乾かしてもよい。手で触っても付かないくらいに絵具が乾いたら、落ち着いて画面を見直してみる。するとどうだろう、たしかに形は崩れてよく分からないけれども、色彩や絵肌は微妙なニュアンスというか味わいが現れているように見えるのではないか。この上から再挑戦のつもりで、今度はグチャグチャにならないように丁寧に描き起こしていくと、たいていは思いの外に美しい画面になっていくものである。失敗と思った画面の状態が効果的な下塗りとして威力を発揮するわけだ。もし再び失敗と思うような状態になったら、乾燥させて再々挑戦するつもりで描き進めるのみである。さらに美しい画面になる可能性が高い。「失敗」が画面全体でも部分的に起きた場合でも同じである。

油絵の特徴の一つは、絵具の層が何層も重なって美しい画面を創り出すことである。上に掲載したモネの作品の部分拡大(サインと制作年が見える)はその一例だ。絵具を乾燥させて描き加え、また乾燥させて描き進めていくことを繰り返す。だから途中でカオス状態の画面になっても失敗ではなく、偶然にできた幸運な下地と考えてその効果を生かすつもりで上から描いていく。油絵を始めたばかりの人には、絵具の層を重ねていって結果を出すという描き方がなかなか難しいようで、仕上げを急ぐ描き方になりがちだ。油絵は、「短気は損気」と思いつつ制作しよう。

さて、ここまで書いてきて誤解を招きそうと思ったので付け加えるが、今までの話は古典的な描き方の油絵を除外して述べている。ルネサンスの画家やフェルメールルーベンスレンブラントなどの油絵は、いわゆる古典技法で描かれているが、そういった類の作品のことだ。モネなどの印象派の描き方は全然違う。古典絵画は絵具の層も上に掲載した作品の不透明な重なり方とは異なる。古典的な描き方の油絵は、次回以降も話の範疇に入れないことにしたい。というのも、油絵初心者の多くが取り組むのは、ざっくり言って印象派以降の描き方であると思う。その方が描くのが容易だし個性も表現しやすい。

次回も油絵初心者の参考になりそうな話をしていく予定。