コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その96

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私は毎日のように生徒の作品に接しているけれども、時折、出来ましたと言われて絵を見てドキッとさせられることがある。そのくらい素晴らしいわけで、作者の日頃の作品を見知っている私にとって予想外だと尚更に驚くから二重にドキッとする。「予想外」とは、作者に大変失礼な言い草だが、いつもより飛び抜けているという意味で、まぐれだと言いたいわけではない。作品にまぐれは起こらない。作者が持っている独自の感情や感覚が表現された結果である。しかし、いろいろな条件が満たされないと完全な表現に達しない。その条件とは何だろう、これらも考えつつ前回の続きを書いていくことにする。静物画を例にとって、見た人がドキッとするくらいの絵を制作するための提案を示してみよう。

前回は、静物画のモチーフを決める際には自分との相性に拘ることを提案した。そのようにしてモチーフと構図が決まったら、次は油絵ならキャンバス、水彩画なら紙に下描きをしていく段階になる。このとき、物の細部まで詳しく描写せず簡略に描いておくことを提案しよう。水彩画だと描き直しができないという不安があって、下描きの線を何回も描いたり消したりして忠実に詳しく形をとっておこうと思ってしまうが、ぐっと我慢して細かいことは省略し正確さを気にせずアバウトに描くことを提案したい。

細部まで詳しく下描きをしてしまうと、色をつけるときに線で囲った形の中を塗っていくだけになりやすい。つまり、塗り絵をするような作業に近い。そうすると平板で堅苦しい画面に陥りやすくて、「つまらない感じになってしまった、どうしたらよいですか」と生徒から聞かれる場合がある。なぜ平板な絵になってしまうかというと、周りの形との空間の連続性が表せていないからである。これは初心者には理解が難しいと思うが、経験を重ねると誰でも理屈でなくて実感で分かってくるだろう。

絵を描き始めて日の浅い人は、大抵は形を正しくとることが苦手である。だから苦労して描いた形を崩したくない気持ちから、細部まで形をとればとるほど塗り絵に似た描き方になる。例えば水彩画でガーベラを描くとすると、花びらの一枚一枚を丁寧に鉛筆で下描きをした後、一枚一枚を順番に着色していくパターンになりがちだ。結果として、平板で面白味のない絵になってしまうことが多い。

では細部まで形をとらないでおくとどうなるか。色を塗っていく段階で筆の動きが自由になる。というのも、形を見つけながら、様々な関係性を探りながら色をおいていくことになるからだ。このとき作者の感覚は最大限に発揮される。そうすると、思ってもみなかった効果が画面に表れることがあって、想定外のいい絵になりやすいのである。

実はこれは見方の問題で、描き方の良し悪しではない。しかし「見方」を向上させるには、「描き方」に拘って描いてみる必要があるのではないか。だから今回の提案は、忠実な細密描写をしたい人でも試す価値があると思う。ところで、一見したところ塗り絵みたいな感じがするが、何とも言えない不思議な魅力がある絵を上に掲載しよう。ユトリロの母、シュザンヌ・ヴァラドン静物画だ。ヴァラドンに関してはウィキペディアに詳しいが、彼女の暮らしや人となりを知らなくても類まれな強靭な精神は作品から十分にうかがわれる。次回も続きを。