コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その32

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趣味で絵を描いている人のなかで、人物画が上手くなりたいと思っている人は意外と多いのかも知れない。そして、その人物画は、ピカソが描いたようなデフォルメした人ではなく写実でリアルに描いたものだろう。今回は、そういう写実でリアルな人物画を描く場合の練習方法について述べてみたい。

人物を写実的に描くのは大変難しい。静物や風景の比ではないと思う。だから昔の美術学校では、まず石膏デッサンをみっちり練習した上で人体デッサンや人体油彩画に進むというカリキュラムになっていた。特にヌードはなかなか上手く描けない。美術大学の卒業制作でヌードを描いた作品を時折見かけるけれども、たいてい生身の人間らしくは描けていない(私も同様だった)。プロの画家の作品でもそういうものが多い。これらのことを考えると、西洋の古典絵画の画家たちは実に偉大で、例えばルーベンスが描く輝くような肌をもったしなやかな人物は、人体表現の一つの頂点に違いない。

近代以前の西洋絵画では宗教画や歴史画や肖像画が絵画の主なジャンルで、そのためプロの画家たちは、ルーベンスほどでなくても人物をリアルに生き生きと表現する技術に長けていた。だから彼らの作品は最高の手本となり得る。一般の人は、美術学校の学生と違って実際にモデルを使って練習する機会に恵まれないだろうから、まずはルーベンスなどの古典絵画の人物を手本に練習するとよいのではないだろうか。つまり、例えば目や鼻や口をどのように描いているのか、手を自然な形に見せるためどのような工夫をこらしているのか、髪や衣服の襞の描き方はどうかなどをよく観察しながら模写をしてみると、とてもよい練習になると思う。模写は面倒なものだが、見ているだけでは分からないことでも描いてみると、「目からウロコ」的に理解できるので有意義な練習方法だろう。

しかし、西洋絵画の巨匠たちの作品を模写する場合は、どうしても実物を見ずに画集の図版だけを頼りに描くことを強いられるから、分かりにくくて物足らないかも知れない。そういう場合、もし阪神間に住んでいるなら、人物画で評価の高い小磯良平の作品を手本とするのはどうだろう。彼の作品なら兵庫県立美術館神戸市立小磯記念美術館でいつでも見ることができる。美術館内で模写をすることはできないが、図版を見て模写をしていて不明なことが出てきたら容易に美術館で実物を見れるし、模写をしている作品でなくても彼の他の作品から解答を得られると思う。

 ところで、私は教室の生徒から、モデルになってくれる人がいないので、有名人の写真を見て描くのはどうかと質問されることがある。人物画の経験の浅い人はやめた方がよいと思うと答えるのだけれども、理由の一つとして、写真では人物の立体感が非常に分かりにくい。前回、アンナ・メイソン著の本を採り上げて写真を見て描くことを推奨したが、古典絵画のように描く人物画では通用しない。それよりも自画像を描く方が何倍も人物画の練習としては役に立つ。自分自身がモデルなら、何日でも気の済むまでまじまじと観察して描くことができるし、人間の頭部がどのような立体になっているかも写真を見て描くよりずっとつかみやすい。

さて、模写や自画像で練習を積んだら次は誰かをモデルにして描いてみたい。その誰かは身近な家族や友人が最適だ。それは、日頃から見慣れていて人柄もよく分かっているので、自然とその人の内面まで表現しようとするからで、人物、とくに肖像画はそうでないといい絵にならないと思う。短気な性格の父親を描くなら、やはり短気な人物に見えるように描きたいではないか。

写実的な人物画を描くにあたって克服しなければならない課題はたくさんあるが、肌色の表現はかなり悩ましい問題だろう。もちろん水彩で描くか油彩で描くかで肌色の出し方は違ってくる。やはり難しいのは油彩の方で、どのような色を塗り重ねていけばよいか分からなくて試行錯誤を繰り返すことになる。肌の表現については、ティツィアーノルーベンスルノワールなど手本とすべき画家は数多くいるけれども、「どうしたらそんな肌色が出せるのか?」と画家本人に質問できたらよいのになあと痛感するくらい厄介である。

 

今回は、写実的にリアルに表現された人物画の練習について書いた。でも、ロートレックゴッホゴーギャンやルソーやボナール等が描いたのは、古典的なリアルな写実とはかなり違う人物画である。私としては、そういう人物画の方が好きだし勧めたいとも思うのだが・・・。掲載したのは、小磯良平の作品。