コラムトエ

兵庫県西宮市にある久我美術研究所から発信する美術に関する「コラムと絵」を載せていきます。

絵を描くのが上手くなる方法、その31

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前回の続きを書こう。前回採り上げたアンナ・メイソン著「世界でいちばん美しい細密画」(日本文芸社)は、趣味で絵を描いていて、これから写真のようにリアルな描き方を練習していこうと思っている人には大変優れた参考書となるだろう。その理由は第一に、写真を利用して正確にコピーする描き方を前提にしているのがよい。もし写真を使わずにリアルな絵を描こうとするなら、まずはデッサンの名手になる必要があるからだ。この本の特色は、写真をもとに対象を忠実に再現していけばよい、余計なことを考えずに描くことだけを楽しむという制作姿勢にある。

著者がリアルな細密画を描き続ける理由は、「写実的に描いていると、心からリラックスできるからです。本物を再現するので、描いているときは、どこをどんな色と質感にするかという最小限の決まりを考えるだけでよいのです。描いている最中は、心のなかの意識や、言葉や思考をつかさどる部分は休んでいます。自分がなにをしているのか、あれれこれ考える必要はなく、ただ流れに乗って、見たままに描けばよいのです。」こう述べていて、メンタルな面を大事にしているのがよく分かる。私はとても共感してしまった。

ところで、だんだんと写真のようなリアルさを表現するのが上手くなってくると、さらに複雑で写真を利用しても描き写すのが大変困難なモチーフに挑戦したくなることがあるようだ。そうなってくると、美しいものを再現したいというよりは見る人を驚かせてやろうという気持ちが強いから、新奇なモチーフを見つけてこれでもかと描き込んでしまうことになる。そういう米粒に絵を描く芸当と同じような器用さの誇示はどうかと思う。

「写真みたいな絵」といっても簡単に一つに引っくくれないと前回書いたが、リアルな写実画のなかでも近寄りがたい質の高さを見せつけているのは、やはり西洋の古典絵画における人物画だろう。上に掲載したのは、18世紀イタリアの巨匠ティエポロの「マンドリンを持つ女(部分)」だが、人物をこのように生き生きと表現するのは、どんなに写真を駆使して時間かけて描いたとしても私には途方もなく難しいことに思える。写真を利用すると似顔絵としては上出来なものになりやすいが、血の通った人間の存在感が十分に表現された絵を描くのは本当に難しい。

次回は、写実的な人物画を描くことについて書いてみたい。